ムチの居所が悪い
その方には二人の息子がいて、それぞれ馬を一頭ずつ与えられ可愛がっていたんですね。
ある時、その男性が重い病にかかって、
余命いくばくもないという状態になってしまったんですね。
父親は息子二人を枕元に呼んで、
「お前たち二人のどちらかに、私の全財産を与える。
そのために、お前達が可愛がっている馬に乗りレースをして、
勝った方が全財産を受け継ぐ権利がある」
「判りました、お父さん」
「・・・ただし、『遅くゴールした馬』を勝ちとする」
これには二人とも困りましてね。
それぞれ自慢の馬ですから、相手より早くゴールする事には自信がありますが、
それでは負けになってしまいます。
やがて兄弟の間で、財産争奪のレースが行われましてね。
「・・・お父さん、レースの結果、長男である私が勝利しました」
「そうか・・・どうやって決着をつけたんだ?」
「簡単です。お互いの馬を交換したんです」
競馬で最終コーナーを回った後、
騎手が『もっと速度を上げてほしい、もっと機敏に動いてほし』という思いで、
乗っている馬のお尻をムチで何度も叩く場面が見られる事は、
競馬に詳しくない方でも、ご存知じゃないかと思います。
しかし『実際はムチを打っても、馬の速度が上がったり、
制御しやすくなったりする事はない』という研究結果が発表されたそうですね。
ムチを使って馬を制御するという技術は古来より応用されていて、
英国競馬統括機構は『ムチの使用は、コース上で馬と馬が
ぶつからないようにするための制御がしやすくなるので、
馬と騎手の安全のために必要である』と主張しているんですね。
しかし国際競馬統括機関連盟は、
競馬を完全なスポーツとするためには動物福祉も視野に入れるべきだとしていて、
ムチを過剰に使用した騎手には罰金を科したりしています。
日本でも二〇一一年に国際協約に則って『鞭の使用に関するガイドライン』が制定され、
ムチの過剰使用が騎手の制裁対象となってるんですね。
研究チームは『ムチの使用がレースの展開にどう影響を及ぼすか』を調査した結果、
馬の制御向上や馬の速度上昇、騎手の安全性向上と、
ムチの使用との間には関連が見られなかったとの事ですね。
それどころか、レース中にムチを打たれた馬は、ムチを打たれなかった馬と比較して、
転倒のリスクが七倍以上あったとの事ですから、馬にとっては踏んだり蹴ったりですよね。
この事から、研究チームは『ムチの使用は落馬の潜在的な危険因子の一つである』
と結論付けているんですね。
「人間ってさ、何で俺たちのお尻を叩くの?」
「それは、人間が【無知】だからさ」
馬たちの間で、こんな会話が交わされてるかもしれませんね。
微笑亭さん太