斬っても斬れない仲
ちょっと粗相があったりした町人や農民を、
侍が『この無礼者め!』と言って、ばっさり斬ってしまう、
いわゆる『無礼打ち』のシーンなんてのがあったりします。
『この愚か者めが』などと捨て台詞を言って、
そのまま何事もなかったように、その場を立ち去り、
あとには骸がひとつ・・・そんな場面を見ると、
『昔の侍ってのは、斬り捨て御免だったから、
好き放題人を斬ってたんだろうな~』なんて思っちゃいますが、
現実にそんな事は、まずなかったそうですね。
というのも、むやみやたらに町民を切ったりしたら、
切腹、家名断絶などになりかねないからなんですね。
武士が無礼討ちを許されるのは、明白に無礼を働いた相手に対してのみでして、
例えば相手が聞くに堪えないような罵詈雑言を浴びせてきたり、
買っておいた冷蔵庫のプリンを勝手に食べたりといったような、
誰もが納得する落ち度が、町民側にあった場合のみですね。
時代劇で描かれている無礼打ちのシーンというのは、
大抵が単なる『殺人犯』です。
条件を満たした無礼打ちというのは、ほぼゼロに近かったそうですね。
では、そういった条件を満たせば
それでOKなのかというと、そうではないんですね。
斬り捨てた後には、色々な手続きが必要となります。
まず斬った後は、速やかに役所に届け出なければいけません。
きっと、あちこちの窓口をたらい回しされたあげく、
証明書的なものが交付されるんでしょうね。
『手打ち証明書』なんて書いてあるもんですから、よ~く見たら、
『蕎麦屋の許可書』だったりしてね。
それから、どのような事情があったにせよ、
人一人切った責任の重みがありますから、
二十日以上に及ぶ自宅謹慎を申し付けられて、斬った刀も、
詮議に使う証拠品として押収されちゃうそうですね。
それから一番大変なのが、
相手が無礼な行為をしたという事を証明する、証人も必要とされるんですね。
「ねえねえ、ちょっとあんた、この死体の人がさ、
私に『このクソ侍、バ~カ!』って言ったのを見てたよね?」
「・・・え~っ、あたし、見てないし~」
なんてな事を言われた日には、家名断絶なんて恐れもあるわけですよ。
ですから旦那さんが、町人を斬ったなんて事を知ろうもんなら奥さんは、
「あんた、何て事してくれたの!?
証人が見つからなかったら、迷惑するのは私たちなのよ!
全く余計な事して、信じられな~い。私があんたを手打ちにしてやるわよ!」
めちゃめちゃ怒られたりしてね。
現代の離婚も、こういうシステムだったら困りますよね。
奥さんの方に落度がある事を証明する証人を、見つけるのは大変ですよ。
「私が毎日、スーパーに買い物に行かされて食事の支度させられたり、
お風呂掃除させられたり、肩揉まされたりしてた事知ってますよね?」
「いやいやいや、夫婦の事は判らないし」
・・・そりゃ当然ですよね。
微笑亭さん太