とある、食のかたち
平成年間には、昭和の頃には考えられなかったような
行動を取る人々というのが登場してきましたよね。
食事というのは本来、友達など気心の知れた人たちと複数で
ワイワイ食べるのが美味しいとされますが、
一緒に食事をする相手がいないので、
一人で食事を取るところを他人に見られたくないという理由から、
トイレの個室で食事をする若者がいたりします。
これを【便所飯】と呼んだりするわけで、
人目を避けて食事する場所としてトイレを選ぶ理由としては、
『一人で食事しているところを友達の友達にも見られたくない』とか
『人目につかない場所が他にない』『トイレの個室は誰にも邪魔されず監視もなく、
自分を守ってくれる空間であり居心地が良い』といった理由があるそうですね。
この言葉は平成十六年頃から言われだし、
メディアで取り上げられるようになっていったという、
平成年間に確立した【文化】と言えなくもないわけですね。
ただ【便所飯】の存在自体を疑問視し、
一種のジョークや存在の疑わしい都市伝説として見なされた時期もあったんですが、
このように実在を疑われるのは、便所飯自体が他人に知られないための行為であり、
また辛く苦しい体験であるために、
名乗り出る人が少ないからではないかという事のようですね。
確かに
「俺達、昼飯食いに行くけど、お前どうする?」
「ああ、俺はいいよ。二階のトイレで食べてくるから」
なんてんで、爽やかにニッコリ笑う若者はいないでしょうからね。
とある大学で教授が約四百人の学生に
『便所飯の経験はありますか?』というアンケートを取ったところ、
二・三%の学生が『ある』と答えたそうですから、
やはり実在している事は確かなようですね。
このまま便所飯が文化として定着していったとしたら、
大学などではサークル活動として【便所飯部】なんてのができるかもしれませんね。
「君かい?我が便所飯部に入りたいというのは?」
「はい。ボクは今まで友達が多くて、ランチの時は
引く手あまたで大勢で食べてばかりだったんですよ。
だから一度、トイレの中で一人でランチしてみたいと思って、
入部させてもらいに来ました」
「なるほど。
トイレの中で食べている事を他人に絶対に知られないように食事を取る・・・
このスリリングな魅力にハマったら、便所飯は病みつきになるよ」
「はい、是非そうなりたいです!」
「じゃあ、便所飯に関する基本的な知識だけど、
トイレの個室に入る事を【ブースイン】、出る事を【ブースアウト】と言うんだ。
上級者になるとね、自分専用の個室【マイブース】を持ってるからね」
「マイブース?凄いですね~。
でも個室がいっぱいの時にはどうするんですか?
やっぱり掃除道具なんかが入ってるスペースとかに入るんですか?」
「いや、それは別に【掃除道具飯部】というのがあるから」
「あ、別のサークルが存在するんですか!?」
「ちなみに屋上へ繋がる階段で食事をする【階段飯部】、
構内の雑木林などで食事をする【雑木林飯部】もあるからね」
「随分、細分化してるんですね」
「ランチタイムなど、便所飯部の活動が盛んな時間帯には、
個室が全て塞がっている事もあるけど、そんな時はノックをして、
構わず中に入れてもらうんだよ」
「えっ、二人で入るんですか?」
「そう、これを【相ブース】と言うんだけどね。
相席感覚で便所飯が楽しめるよ」
「個室の中では、何を食べたらいいんですか?」
「うん、メニューの選択が難しいね。
その中で食事をしている事を他人に悟られてはいけないわけだから、
食品の音には最大限注意しないとね」
「じゃあ、【せんべい】とかはダメですね」
「もってのほかだよ。
どうしても食べたい場合は、梅雨時など湿気で食材が湿る時期を狙う事だね」
「いえ、そこまでして食べたいわけじゃありません。
コンビニで買った【おにぎり】とかなら大丈夫ですよね?
おにぎりなら、音はしませんから」
「・・・甘い!初心者はこれだからね~。
音がしない?冗談言っちゃいけないよ。
コンビニのおにぎりって、海苔がパリパリでしょう?あれが音を立てるんだよ」
「あ~海苔ですか。それは気がつきませんでした」
「だから、便所飯としておにぎりを食べる場合には、
【音姫】を作動させて食べる事が重要だね」
「はあ~、女の子並みの気遣いが必要なんですね・・・
便所飯で手を出してはいけない物って、他にもありますか?」
「便所飯において、究極の禁断メニューといえば【カレーライス】だね」
「あ~、なるほど・・・」
「カレー自体のにおいで、便所飯をしている事が容易に露見してしまうし、
場所が場所だけに、当然連想してしまう【アレ】が脳裏を駆けめぐるから、
絶対に手を出してはいけないよ。
今までにチャレンジした部員は何人かいたんだけど、
ブースインした後、彼らの姿を見た者は誰もいないんだよ・・・」
命がけだったりしましてね。
これからはトイレ以外の場所でも食事を取る人たちが出てきそうですよね。
お風呂で食事をする【風呂場飯】とかね。
「最近ね、風呂場飯ってのが流行ってるんだよ」
「風呂場飯?風呂でご飯食べるの?」
「そう。人気メニューは何といっても【ラーメン】だね。
ほら、【流しそうめん】ってあるだろ?
風呂場飯にも、洗い場でもって流れてくるラーメンをすくい取って食べる
【流しラーメン】があるんだよ」
「それ、うまいのか?」
「湯舟には必ず、太った男とガリガリに痩せた男が入ってるんだよね」
「太った男と痩せた男?どうして?」
「ラーメンだから、太った男が【チャーシュー】で、
痩せた男が【もやし】なんだよ」
「ああ、具なんだね」
「夢中になって食べてると、湯あたりしてしまって、
麺じゃなくて、食べてる方がのびちゃうんだよね」
そんなスタイルも出てくるんじゃないですかね。
微笑亭さん太